親子で育つコミュニケーション 

「見つめ愛・触れ愛・語り愛」

3つの愛を大切にしたカリキュラム

ベイビーワールド教室 11年目

マスターベビーサイン講師 小川のりこです。


BABYWORLD=赤ちゃん世界

ベビーサインは 

まるで小窓から赤ちゃんの世界をのぞいているような感覚になります

あなたの赤ちゃんがどんなものを

見て、感じ、伝えたいのでしょう

そっとのぞいてみませんか?


育児体験シリーズ8:高熱・人工呼吸・・・・

ご無沙汰しております。

娘の高熱・・・・ここから、書きたくない事もかかなくてはいけなくなるため、ちょっとためらっていました。辛い思い出って、書くと蘇って、辛くなりますね。

うまく伝えれるかわかりませんが、最後までおつきあいいただけたら・・・。

よろしくお願いします。



生後6ヶ月からはじまった 娘の高熱・・・

毎回、39、5度越え


さっきまで元気だったのに、なんで?え?なんで?


熱がでるときは必ず夜

夫がいない時


それも、3ヶ月または2ヶ月に一度、突然高熱がでるのです。


2人目の高熱は、上の子もいるし、移動が(病院)ほんとに大変・・・

そして、1回熱がでると2、3日は引きこもり、その時の状態によっては、1週間くらい外にでなくなることも・・・


それって、上の子にとっても、つらいことです・・・


家からでれない

でれても、病院。

しかも、点滴などで何時間もかかる

夜中は娘が心配でほとんど寝れない


私の体も毎回疲れきっていました。



それでも、ベビーサインで【痛い】サインが生後10ヶ月くらいからでるようになったこと、同じ頃、「うん、いいえ」が答えれるようになったこともあり、病気のときは、助かったことを覚えています。


あるとき、病院で先生にこんなふうに伝えたことがあったのです。



「先生、うちの子、頭が痛いっていってるんです」



すると先生の返答は冷たいものでした



「頭が痛いって、赤ちゃんは言えないけどね」



まあ、そうですよね。

ベビーサインなんて、そのときまったく知られていなかったわけですから・・・。頭がおかしい母だと思ったのかもしれません。今でも、自分の職業を伝える時に「ベビーサイン講師」というと、年配の方には「なんですか?それ?」と言われるので、一からご説明しています。

何度お会いしても「ベビーマッサージの先生」と言われることもあります(苦笑)



話は戻ります


1歳になったばかり

寒い冬の日でした。



また、高熱がでたのです。

ぐったり・・・



高熱のときは、寝ずに(といってもウトウトしてしまいますが)娘の横について、いつもどおり、氷枕をかえたり、着替えさせたり・・・・。


いつもだったら、次の日の夕方くらいには熱が下がって元気になるのに

娘はずっと不機嫌で、とにかく熱が下がりませんでした。

病院へいき、座薬をしても、時間がきたらすぐにあがってしまい・・・。



2日目の夜8時すぎた頃でした。

心配で、見に来てくれた母と仕事で帰宅した夫、そして、2歳の息子。

なかなか熱が下がらず ぐずぐずしっぱなしの娘(1歳になったばかり)


私も肩の限界を感じるほど、10キロ近くの娘をおんぶは、つらいものがありました。

お風呂に入ることもできません。





やっと寝た・・・・・




真っ暗な部屋に、息子が寝ている横に娘を寝かすことができ、ほっとして5分たったときだったでしょうか・・・・




真っ暗な部屋から





キーーーーーーーーーーーーーーーー






すごい叫び声がしました




あー、熱でうなされて、5分もねれなかったか・・・・・

そう、私は思いました。



私が疲れきっていたこともあり、夫が抱っこしに行ってくれました。

ドアからでてきた時、そこには娘の変わり果てた姿があり、私は声を失いました。



まっすぐに硬直した体

目は上を向き、白目

口からはすごいいきおいで泡がふいていました






死ぬ、娘が死んじゃう!!!!






パニックです。

パニックのときは、人間は頭が真っ白になることをはじめて経験しました。



「のりこ!!!!!救急車!!!!!」



母の声で、とっさに受話器をとる私




電話しようとするのに、人生ではじめての救急車

電話番号がでてこないのです・・・・




「電話番号!!!!!わからない!!!!!」




叫びました


母が教えてくれて

電話をかけながら




「横にして。床において!!!!」





娘が泡をふいていたので、床に置かないと、平なところに寝かさないと、泡が入って呼吸がとまる!!!

パニックで叫んでるのに、それだけは冷静に頭の中にありました。



私は、暇があると母子手帳をみる人でした。

そこに、応急手当が書いてありました。

心臓マッサージとか、気道確保とかそういうことが書いてあったのを、何度も何度も読んでいたことが、そのとき頭にでてきたのです。


※実際の娘の母子手帳



だから、まずは娘をたいらな場所において、顔を横向きにしなくては・・・・

ただ、それだけは冷静に思いました



ただ・・・・私もパニック

まわりもパニック


私の叫び声、誰も私の声が聞こえてない、、




電話の救急隊員へ説明している間に、夫は抱っこし娘を外へ連れていってしまいました。

母は、あとから聞いたのですが、真っ暗な小道、そしてかなり急な坂を、救急車誘導するために、大きな道まで全速力で走っていったそうです・・・・(だめだ・・・思い出すと泣けてきます・・・。だって、60歳近い母が、まったく走ったりしない母が、あんなに暗くて細くて急な坂を走っていったかとおもうと、胸がつまります・・・・)




救急車の電話をきったあと、父に電話



「お父さん!!!!!!*+』?L`『』P=『*+P=〜『』+P`」



すみません。とにかく叫んだのは覚えているのですが、よく思い出せません。。。

(その後、父は、夜の電話がトラウマになってしまったほど、電話がなると血圧があがるようになってしまったそうです。。。。)




私も外に走ってでていきました




夫に変わって

毛布にくるまれている娘の名前を呼び続けました




夫もしびれをきらして、もう一度救急車に電話

あまりに遅いので、自分で車をだそうとしていました



そのときです

娘の息がとまりました






いっきに唇が紫色に

顔は真っ白




死ぬ・・・・娘が死んじゃう・・・・・


「死なないでーーーー、死なないでーーーー、死なないでーーーー」




そう言いながら、母子手帳を思い出して、娘に人工呼吸をしました

でも、人生ではじめての人工呼吸

3回くらいしてもまだ息がもどりません





「パパ、息がもどらない!!!」




電話を切り終わったパパが、娘に人工呼吸


あごをぐっと上に向け、息をいれ、強く胸をおしました




すると



ケホ



息を吹き返しました


すぐに唇がピンクに戻りました




そのとき、アパートの前に救急車、そして、父が部屋着のまま到着

母の姿は覚えていません(あとから聞いたら、坂道を登りおりして、声がでないほど、たおれこんでしまったそうです。涙)




救急車に乗り込んだときには、手のふるえが尋常じゃないほど上下してしまい、走り出してから夫がぎゅっと私の手を握って、その震えをとめてくれました



パニックのとき、人の頭は真っ白になり、涙もでないのだとその時知りました

息子のことも、あの時間だけ忘れてしまっていました



3月の夜8時〜9時までののことです




あの時のことは辛いですが、いくつかの幸運も重なりました

・あのとき、娘が痙攣をおこしたとき、息子が爆睡していたこと(息子には見せたくないほど、娘の姿は大人でもショックでした)

・同じ部屋なのに、あの私たちの叫び声でまったく起きなかったこと(息子が起きてたら、対応できなかったと思います。まだそのとき2歳なので)

・痙攣をおこしたとき、母と夫がいてくれたこと(大人が3人いてもパニックだったけど、ひとりではどうなっていたのだろうと思います)




そして、それから・・・・・

救急の処置室で・・・・・・



つづく・・・・・





ベイビーワールド

小川のりこ